一夫一婦制、婚姻届の提出(法律婚)、家制度(妻が夫の家に入り、性別役割分業。今日の「結婚」を構成する要素はここで出そろい、「女の幸せは結婚である」というイデオロギーも、ここから本格的に始動したといっていいだろう。女学校が花嫁学校と同じで、教育も就職も(昭和の初期は職業婦人がもてはやされた時代だった)結婚のための布石となれば、結婚マニュアルが分厚くなるのも道理である。ここで失敗したら、せっかくそこまで積み上げてきた結婚に向けての努力が(費用も)すべて水泡に帰すのである。それはもう必死ですよ、娘をもった親御さんたちは。だが、高等女学校は、重要な科目を忘れていた。もし結婚が人生の目的というのなら、ぜひともそれをカリキュラムに組み込むべきだったのだ。それとは何か。性教育である。
日本のフォークロアの中で「七歳までは神のうち」という表現が知られている。かつて七歳以下の子の死に対してはふつうの葬式は出さず、出す場合でも半葬式として、家族だけで行い、近隣や親族たちを招ばないのが一般的であった。死んだ幼児の葬法については、たとえば徳島県の祖谷地方で、「オザブ(産室)で死んだ児は鳥を飛ばしたようなもの」とか、「七つの年のイタズリの花の咲くまでは鳥じゃあけ、おまつり(葬式)はせられん」といったロ碑があった。それらはいずれも七つ前の赤子の霊が鳥に運ばれているという考え方のあったことを示唆している。武田正は、かつての東北農村で間引き・堕胎が行われたさい、その埋葬の仕方は、基本的には七歳以前のふつうの子の死とほとんど変わりがなかったことを報告している。したがって間引き・堕胎に対する罪悪感が意外と少なかったのが江戸時代の人々の基本的な見方であったと思われる(武田正『苞もれ』一九九〇年)。
メールは便利なツールだが万能ではない。「返信がない」とイライラしている人がよくいるが、そもそもこちらの都合で送りつけたもの。相手がまだ見ていない、なんらかの不具合で受け取られていないということもある。答えを急ぐ案件なら一方通行のメールではなく、電話で連絡をするのが基本。返信を電話で催促する場合も「返信がないので……」ではなく、「メールをしたのですが、念のため」と言うのがコツ。請求書の文頭に「時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます」と印刷されていても、まず読まないだろう。しかし「風邪がはやっていますが、○○さんもお気をつけくださいね」と手書きの一筆が添えられているものを読まずに捨てる人はいない。手書きのメッセージは、相手にその書類を重要なものだと感じさせる。それは顔の見えない会社ではなく、あなたという個人が心を込めて発信していることが伝わるからだ。